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 山ごころ
              画・文 清武千尋

     霧 氷

 嬉しい朝を迎えた。
 
 目の前に広がる風景が、やわらかな朝の光を受けて眩しく輝いている。
 
 一夜のうちに化粧し直して今、まさに幻想のたたずまい。

 私は、風の音ひとつ立てず凛と張りつめた空気を思いきり吸い込んだ。すると、みるみる身体の芯まで透きとおっていくようで爽快な気分だ。
 
 こんな、夢幻の中にいる充実感。出発までのひととき、淹れたてのコーヒーの香りにつつまれて、贅沢な時間が流れていく――。
         針ノ木岳 初冬

一日の終わり――。

針ノ木岳の向こうの空が美しく燃えた。
 
浮かび上がる月の輝きとともに、強く胸に残る。
 
翌朝早く、わずかに積もった新しい雪を踏んで、その針ノ木岳へと向かう。
 
途中、香しいハイマツの陰に見つけた一羽のライチョウ。
 
身じろぎもせず、ただ一点を見据えて何を思うのか。     

静寂のなか、凛とした辺りの空気を通して、この一羽のライチョウの、白く混じりはじめた羽毛の下の温もりと、小さな息づかいが伝わってくるような気がした。

                 

 449-2012.11
 

仙ノ倉谷 西ゼン


 勢いよく落下する水しぶきに、小さな虹がかかっていた。

 美しく磨かれた長大な沢床を走り流れる水面に、きらきらと光りが跳ねている。

 やがて稜線に近づいていくと、そこでは、すでに揺るぎない冷たさを秘めた風が彷徨していた。

 すると、その冷ややかな風に流されながら、一瞬、視界の中で、アキアカネの艶やかな羽が翻った。

 
                

燕 岳

 山上に広がる枯山水に憩う。

 果てしなく刻まれていく時間と造化の妙。

 砂礫の白と這松の深緑。そして、コマクサの可憐な花が色をそえる。

 時折、谷から湧きあがってくる淡い気体が光を包み、光に舞う。

 この夜、ここは深い宇宙に開かれたとっておきのテラス。

 見上げると、頭上には、夢を誘(いざな)う満天の星が輝いていた。 
   

雪 壁 

 雪がついていないときは、どうってこともないところでも、雪壁となれば緊張する。
 ひと呼吸おき、「よし、行くぞ!」と、己を奮い立たせて小さな声を吐き、深く、青々とした虚空との境を目指して、ゆっくりロープを延ばしていく。
 やがて、壁の上辺の一隅をえぐり取り、そっと身体を引き上げていくと、そこはもう、光あふれる雪の肩だった。私は思わず「あゝ」とも「おゝ」ともつかぬ声を上げ、寸秒の至福にひたった。   

   

夜叉神峠

 夜明けを待って峠へ上がると、思った以上に雪が積もっていた。
 いよいよはじまるか、ここから先、白い世界に対峙して格闘の予感。
 谷をへだて,甲斐白峰の連なりの上に浮かぶ青白い残月。
 遠目にも、たっぷりと雪に覆われたあの大きな山の連なりも、いま目覚めたばかりで、風の音もない静寂とあいまって、ずいぶんたおやかに見える。

441-12.03   
   

八ヶ岳 主峰赤岳を展望

 たまには山に登らず、麓を巡る旅があってもいい。

 きりりと澄み渡った冬の日の朝、満目の雪の原を吹き抜けてゆく一陣の風の行方を追い、思わずたたずむ。 

 ぐるりと身体を回していくと、冬の衣を深く刻みまとっている見慣れた山の連なりが、威風堂々と構えていた。


439-12.01
       日向山と甲斐駒ヶ岳

 きゅっと抑え込まれるような引き締まった朝の空気は、すでに冬の気をはらんでいる。
 
 一汗かいて、いきなり飛び出す白い砂礫の頂は、さらに澄んだ冷気につまれていた。
 
 目の前の広々とした空間に、身体の隅々まですっかりすがすがしくなる一方で、背後からは圧倒的な質量の頂が、あきらかに来るべき厳しさを秘めてせまってくる。




438-2011.11

 

過ぎゆく夏の展望台  瑞牆山

 白く、眩しく、岩肌に照り返している
 日射しが和らぐ。
 息苦しいほどむせかえっていた草いきれが、いつのまにか薄らいでいる。
 かつての勢いを失いつつある草の端を
揺らして、冷たく乾いた風が吹き渡っていく。
 高く澄んだ空に浮かび、ゆっくりゆっくり流れていく雲が、まさに季節の移ろいを思わせる。

 436-2011.09

 

山上の楽園 苗場山

 真っ白な雲が湧きあがる

 爽やかな風が吹きわたっていく 

 ふんわりと丸いワタスゲの白い穂が
 涼しげにゆれる

 広々とした山上の楽園にちりばめた
 大小の地塘の水面がのびやかに

 開放的な夏の輝きを写している


 434-2011.07
 

春の音

 森の朝

 静けさを破って 鳥の声がひびく

 どこからか

 かすかに聞こえてくる 水の流れ

 一面の 冬の殻にぽっかりあいた

 春の窓から

 緑の風が生まれてくる

432-2011.05

 
   

春の雪稜  唐松岳


 陽射しを浴びた雪稜が眩しい。

 耳元を吹く風も、心なしかぬるんでいる。

 威厳を保ちながらも、ようやく冬の厳しさから解放されつつある山々は、我々の心も解き放してくれる。

 思わず深呼吸をしたくなるような、広々とした空間。

 頂上へ続く、鋭くも伸びやかなスカイラインに、ゆっくりと呼吸を整えながらトレースしていく実感。

 430-2011.03  
 

北八ヶ岳・中山峠 ガラスの森

 山頂へと続くトレース。
吹き曝しの稜線に出る前、森林限界の中で数十歩径から外れてみると、目の前に広がっていたのは静寂な別世界。
 青く、どまでも澄みきった空を背景に、それは柔らかな朝の日差しを受けて、繊細な輝きを放っているガラスの森。
 真っ新な雪の中で一人、思わず佇む。        


428-2011.01

カラマツの尾根道 雲取山

 いつの間にか、すっかり高くなっていた空が雲間に覗く。
 エネルギーに満ちあふれていた、むせ返るような空気も、いつの間にか入れ替わっていることにある日気付く。
 大地の自然はいち速く、それを察している。
 季節の移ろいは、こうして天空から始まるのだ。
 秋の彩り〜〜爽やかに乾いた陽射しを受けて、黄金色に輝く尾根道が山頂へと続く。  



426-2010.10
   

大展望・東鎌尾根北鎌尾根

 表銀座縦走の醍醐味。
 それは、目の前に広がる大パノラマ。
 遮るものは何もない。
 深く切れ落ちる谷の向かいに、翼を広げたように岩稜が胸に迫り登高意欲をそそられる。
 どこまでも明るく広々と開け放された夏空と、爽やかに吹き渡ってくる心地よい風の中で汗を拭う時。
 今、山の真っ只中に居る心身は十分に満たされる。



424-2010.8
   

新緑と奇峰、表妙義


 いよいよ夜が明けてもひんやりと、重い大気はまだしばらくは底に沈み、若葉の森をそっと包んで動かない。
 その馥郁と香る早緑の森の上には、奇峰、絶壁が聳え居並び、思わず息を飲むばかり。
 そして今、修験道の山たる所以に思い当たれば、これから辿る我が身を念じ、心静かに気を引き締める。



422-2010.6

遠見尾根と五竜岳

 下界がすでに春の陽気だからだろうか、空は心なしか広々と軽やかに見える。だから、対照的に余計そう見えるのか、目の前の谷を隔てた山の圧倒的な質量が、ずっしりと胸に迫ってくる。
 べったりと貼り付いた冬の衣はまだ厚く、春の眩しい日射しを撥ね返している。そんな重いベールを緩ませる、微温い風が耳もとを過ぎていく。

          



420-2010.4

        

 阿弥陀岳 
       
 広河原沢右俣支流の大滝


 冬になると、日射しの温もりが乏しい沢の奧は、どの滝も見事に氷結している。
 目の前に広がっているのは、静寂無垢の氷の世界だ。
 キーンと張り詰めた空気に被われた氷床や氷柱は、滑らかに蒼く、神秘的で、鋼のように硬い。
 アイスバイルにアイススクリュー、前爪のアイゼン…と。すべて鋭く先の尖った冬の武器を駆使して、氷の壁に挑む楽しさ。
 そんなエリアも、やがて雪が深く降り頻れば、谷はさらに装いを替え、しばらく人を遠ざけるだろう。






418-2010.2
 

涸沢の秋

 穂高は燃える。

 やがて訪れる厳しくも静寂な季節を予告するかのように〜そして、
これまでの賑やかな季節をまるで締め括るように。
 
 穂高は精一杯、笑顔を振り撒き華やかに燃えあがる。

 風は容赦なく雪を運んでくる。

 穂高はもう うっすらと雪化粧を始める。
   
 

    415-2009.10

 


剱 岳  長次郎谷

 剱沢の硬く氷化した谷の底をぐんぐん下ると、やがて、意外に狭い長次郎谷の入口に出会う。

 ここへ入って、今度はゆっくり登り返すように奥へ進むと、入口に見た目に反して谷は徐々に広がってくる。

 傾斜は少しずつ強くなり、行く手左右をぐるりと取り囲まれた。まさに岩と雪の殿堂を目のあたりにすると、心はいつも騒がしくなる。

 朝の光に巻き上がる湧き雲が、碧い空をさらに際立たせている。日本離れしたこの巨大な空間は、これまでも、これからも私にとって憧れである。

 この岩山は、今日も果たして私を受け入れてくれるだろうか……と。一抹の不安を抱き一歩一歩、目標に向かって高度を上げていく。
 

 

    413-2009.8

 

雪  渓

 柔らかく、目にもあざやかな若葉は日々、その色を濃くしながら、麓から山上へと駆け上がって行く。

 深い谷の底に残った分厚い雪の塊から山の息吹がほとばしる。

 耳を澄ませば、そこかしこから、山の鼓動が聞こえてくる。

 雪渓は少しずつ姿、形を変え、谷を開放しながら、やがて夏山の風景の中におさまっていく。 

 

   411-2009.6

 

八方尾根の春

 今日も朝から見事に晴れ渡った。

吸い込まれるような空に、山が眩しく輝いている。とりわけ、威厳を保った鋭い稜線。

それでも季節はゆっくり移ろうとしている。

 肌に触れる風は、冷たくも微かに春の匂いがする。

 目の前の、白い巨大なカンバスには、厳しい冬を生き抜いた、命の証が美しい。  

 

    409-2009.4

 

新雪の森を行く

 ふわりと積もった、真っ新な雪を踏んで森へ入る。

 ゆっくりと、呼吸に合わせて歩を進めては立ち止まり、緩やかな起伏を越えては耳を澄ます。

 やがて、一面の銀世界に眩しい光が降りそそぐ。

 凛とした朝の空気が体の隅々までいきわたれば、目の前に広がる冬景色と
同化したような気分になれる。
  

    407-2009.2

   
   
   
   
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